高津宮の御祭神であられる仁徳天皇がまだ天皇になられる前の教育係、往古王仁(わに)博士が呼んだ和歌です。王仁博士は日本に漢字を伝えるために「千字文」を持って来た渡来人。 仁徳天皇が皇位につかれた事を喜んで、王仁博士が梅花にこの和歌を添えて奉ったと伝えられています。この故事に習い、現在も年に1度、梅が辻の氏子らを中心に、代表者を「献梅司」に見立て、梅花を神前に奉献しています。 仁徳天皇が皇位につかれるまで、数年間は皇位が決まらず民も荒れましたが、仁徳天皇が難波に都を定め、農業の推奨、開拓事業などの便をはかったことで大和朝廷の最盛期となりました。この和歌はそのような故事を思わせ、非常におもしろいといえます。
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